春の旅箪笥
桜が咲くころになると、旅箪笥(たびだんす)を思い出す。
桐木地の携帯用の棚で、金具で施錠し、中に茶入や茶碗、水指、柄杓、蓋置などを収納する。
戦のあいだに屋外で茶を点てるために作られたものなので、
茶釜も一風変わっている。
炭をくべる備え付けの炉に置くのではなく、
天井から鉄の鎖をたらし、そこに「釣釜(つりがま)」と呼ばれる茶釜を引っ掛けるという趣向である。
もとは木の枝なんかに鎖をくくりつけて茶釜を構えたのだろう。
囲炉裏にくべる鉄瓶のイメージに近いもので、柄杓で湯をすくうと茶釜がちょっと揺れる。
屋内にあって、アウトドアで茶を点てる野点(のだて)のような心地がする。
流派では毎年この時期にだけ旅箪笥が用いられる。
そのため点前は全く覚えられないが、なんとなく春の風物詩のようにかんじている。
炉の季節の最後に再会できたことに感謝。
また来年も旅箪笥に会えるといいな。