なずなノート

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「天使の分け前」ー ケン•ローチ監督にめずらしい痛快!な映画

 

 今を生きる映画監督のなかで、いちばん好きなケン ・ローチ。

40年以上にわたるキャリアの中で、イギリスで最大のヒット作だそうなので

見ないわけにはいかない。

それが「天使の分け前(原題:Angel's Share)」だ。

 

 ケン・ローチ作品は、社会の底辺で生きる人々を描き、

そこに共鳴し、でも最後は放り出されるような気になることもしばしばあり、

人にすすめにくいこともあるんだけど、今作はめずらしく痛快な作品、

なのかもしれない。

 

舞台は、スコットランドのグラスゴー

荒れた家庭環境で育った若者ロビーは傷害事件を起こし、

少年刑務所に服役。出所後、裁判所から300時間の社会奉仕を命じられる。

もとの暴力的な日々に戻りかけるが、

恋人レオニーとの間に息子ルークが生まれてお父さんになり、

「俺は二度と誰も傷つけない。お前と俺の命に誓う」と

息子を抱きながら決心。

何が何でも人生を好転させようと、もがく。

 

 そんな時に出会ったのが、社会奉仕の現場で指導にあたるハリー。

そして作業仲間のアルバート、ライノ、モー。

 

ウイスキー愛好家のハリーによって、ロビーはウイスキーに目覚め、

自分のある才能に気づく。

 そこから世界が広がり、一攫千金の企てを思いつき、

仲間たちを巻き込んで、一か八かの賭けに出る。ジャジャーン!

 

大まかなストーリーは、そんな感じ。

 とんでもない計画が成功したとしても、その後

ロビーたちが幸せに暮らせるかは、わからない。

 

それでも、恩人ハリーへの感謝を伝えられるようになったロビーは、

これまでの自分とはもう違う。

もしダメになっても、またやり直せばいいんじゃないか。

そんなふうにも感じられた。

 

 ケン ・ローチがこの映画を作るきっかけとなったのは、

2011年末、イギリスで失業中の若年者層が初めて100万人を超えたという現実。

希望を持てない現実を見据えつつ、「登場人物たちが、人生において

時にはコミカルで、時にはそうでもないという事件に遭うことがあるだろう。

だから我々は今回、コミカルな時を選ぼうと思ったんだ」。

(「天使の分け前」パンフレットのケン・ローチ監督インタビューより)

 

 確かに、前作の「ルート・アイリッシュ」とは大きく異なる。

あちらは、イラクの最も危険とされる地域へ派遣されるイギリスの民間兵を描き、

見終わった後は突き放された気にもなったけど、今作はそんなことはない。

最後はニヤリとした!

 

 でも、そこはケン・ローチなので、ただのよい作品では終わらない。

「ルート・アイリッシュ」の爆破シーンみたいな過激な場面はないものの、

夜中のシーンなんか息もできないほどヒリヒリする緊張感がある。

 

 ほかの多くの作品と同様に、この作品でも

俳優訓練のない人たちがたくさん登場している。

ロビーを演じたポール・ブラニガンもそう。

彼も主人公と同じくグラスゴー育ちで、若きパパでもある。

 

ロビーの仲間、ライノ役のウィリアム・ルアンは、

ケン・ローチ監督の「SWEET SIXTEEN」(2002)の

主人公の親友役で映画デビューし、その後、俳優やDJとして活動している。

そんな再会は、ローチ作品の楽しみでもある。

 

 そうそう、「天使の分け前(Angel's Share)」とは、

ウイスキーの用語で、「樽で熟成させる間に、毎年2パーセントほど蒸発して失われる

水分のこと。10年、20年と熟成を重ねるうちに、ウイスキーは味わいを増し、天使の分け前も増える」とのこと。

「Angel's Share」が、ラストにつながっていて、思い出してはまたニヤリ。

 

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