なずなノート

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千里セルシーシアタ—の最終日に「最強のふたり」

  2014年8月31日で惜しくも閉館した千里セルシーシアター。

お別れに選んだのは最終日の「最強のふたり」。


フランスのカラッとしたエスプリの効いた作品を

満席の劇場で時折、笑い声を聞きながら見られたのは、貴重な映画体験となった。


お金と教養をあふれるほどもつ富豪のフィリップは、

事故により首から下の自由がきかない。

若いドリスは粗野で複雑な家庭環境にある一方、あり余るほどの健康な肉体をもつ。


まったく対照的なふたりが介助する者される者として、

パリの豪邸で生活をともに始める。


初めはお互いの至らぬところばかり目につき、バカにしあうふたり。

誰にでも人なつっこくて愛されキャラのドリスと、

アートや哲学の片鱗を彼に伝えるフィリップは

日々付き合ううちにまたとない友情が芽生える。


デリケートな問題を扱いながら湿っぽさが全然なくてカラッカラな空気感なのが痛快だ。

たとえば、こんな会話が出てくる。


君は彼(ドリス)がどんな人物か知らないだろう、と忠告する知人に対して

フィリップは「彼のいいところは、私に同情しないことだ。

容赦ないところがいい」。


他には「できれば銀行口座以外の魅力で勝負したい」


「あんたは悲劇に慣れてるけど、俺は違うんだ」


ビバルディの「四季」をはじめ、さまざまなクラシックの名曲を

フィリップが聴かせるシーンでは

「バッハは、あの時代のバリー・ホワイトだ」というドリスの自由な感想も。


ちなみにバリー・ホワイトとは、パンチのある歌を聞かせる

アメリカの男性シンガーソングライターだそう。


まあ、そんな感じで遠慮のないやり取りから

最強のタッグが生まれるさまが描かれている。


実話に基づいた物語で、ラストにモデルとなったふたりが登場する。

笑ってジーンとして、最後はほっこりするこの作品を見ていると、

最終日というセンチメンタルな気分もひととき吹っ飛んだ。

千里セルシーシアターでの最後の鑑賞が「最強のふたり」でよかった。

 

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