なずなノート

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映画「小さいおうち」小さな家の大きな思い出

 タキちゃん。

 奉公先の家族のためにけなげに働く姿を見ていると、

親しみを込めて、そう呼びたくなる。

 

 82歳にして82作目となった山田洋次監督の「小さいおうち」。

その世界は枯れるどころか、ますますふくよか。

家族のホームドラマにとどまらない、ひそやかなラブストーリーを見せてくれた。

 

 昭和11年、雪深い山形から少女タキは上京し女中奉公を始める。

奉公先は、丘の上にある赤い瓦屋根の小さなおうち。

おもちゃ会社重役の夫・平井雅樹と美しい妻・時子、

二人の間に生まれた息子・恭一が暮らしている。

ソファやステンドグラス、蓄音機もあるおうちは、あこがれの昭和モダンな雰囲気。

 

女中として家に入ったタキちゃんは、家族みんなのために、

中でも誰もを引きつける魅力をもつ奥さまのために尽くす。

そんななか、順風満帆のように見えた家族の暮らしにひたひたとしのび寄る、戦争の足音と恋愛事件。

 

時子は、若い板倉正治と恋に落ちてしまう。

それを知ったタキちゃんの心中は壊れんばかり。

平井家を愛するあまりに、一生ある秘密を抱えることになる。

 

 タキちゃんの人生を軸に、戦争前夜の昭和初期と平成の世を

行ったり来たりしながら、物語は紡がれる。

 親戚の健史のすすめで大学ノートに綴った自叙伝により、

その秘密が明らかになっていく。

 

  道ならぬ恋の熱病にかかった時子は、ドキッとするほど魅力を醸す。

 

階段を上がる着物姿の足元、ぐいっとつかまれた腕、

紅い帯締めに帯の模様。

背徳の恋が語るディテールは、裸を見せられるより艶っぽい。

 

その秘密を受け止めようにもままならないタキちゃんは、

いたって初々しい。

 

 昭和のタキ役の黒木華はもちろんのこと、

平成に生きる晩年のタキちゃんを演じる倍賞千恵子のかわいらしさに驚いた。

 

 時子役の松たか子との三人の競演が、

何色とは決められない人情や人のあり方をしっとりと浮かばせる。

 

一度目はドキドキしながら全体を見渡し、

二度目以降は、誰かに感情移入しながら見るのもいいかもしれない。

 

 古くは「寅さん」ファンが山田洋次監督の新作を心待ちにしたように、

まだリアルタイムで次回作を待てるというのが有り難い。